歌舞伎座の大道具を支える職人 提灯 その3
歌舞伎座の大道具の提灯を作っている柏屋商店の上野三郎さんにお話をうかがいながら、提灯について深く知るための連載記事の最終回です。その1、その2もぜひご覧ください。
(取材・文 田村民子)
提灯は火袋と呼ばれる中央部をつぶして小さくすることができます。使わないときは品良く収納したいというのは日本人の美点であり、提灯はそれを体現した道具のひとつといえます。しかし、それゆえ作る方に手間がかかります。なにしろ軸がないわけですから、ふわふわと不安定。上野さんのように形ができあがった後に手で文字や図案を入れていく人にとっては、本来は厄介なはずです。一体、どうやって仕事をしているのでしょう。
実は、火袋の内側につっかい棒のようなものを入れて、張りをもたせて仕事をしているのです。これは「つっぱり」と呼ばれる竹の棒で、上野さんのお手製。1つの提灯に3本のつっぱりを用います。実際につっぱりを入れるところを見せていただきましたが、ちょっと加減を間違うと火袋を突き破ってしまいそうで、おいそれと素人が真似できるものではありません。しかも、つっぱりで張りをもたせているとはいえ、この状態で色を塗ったり、文字や図案を描いたりするには、なんとも心許ない感じです。当たり前ですが、長い修練を経なければ、仕事ができません。
ひょんなことから提灯の形を作るための貴重な用具も拝見しました。火袋の骨になる細い「ひご」をあの丸い立体にするために、くせをつける道具があるというのです。今は上野さんがこれを使うことはないそうですが、大切にしまっておられたものをわざわざ探し出して見せてくださいました。それは木製の8枚の板で、これを円状に広げると火袋の形になります。周縁にはひごを沿わせるための溝が刻んであり、その溝にそって1本のひごを螺旋状に巻きつけ、くせをつけるというのです。螺旋状にするということは1枚ずつの溝の位置がずれているということ。8枚の板の形は微妙に異なるため、並び順が狂うとひごが流れていきません。板に書かれた番号を見ながら、上野さんが並び替えていきます。今ではこうした木製の型を使うことはほとんどないとのことで、貴重な資料です。
上野さんは快活なお人柄で、腰も軽く大変お元気そうですが、大きな病気を抱えておられるとのことでした。歌舞伎の仕事は月によって仕事量も異なり、ことに月の後半はスケジュールが厳しくなることが多いといいます。歌舞伎の仕事を存分にやり抜くために、他はあまり取らないという姿勢を貫いてこられた上野さん。しかし、「仕事を引き受けたのに、もしも病気などで納期に間に合わないということがあっては、申し訳ない」と、今後については思案中とのことでした。提灯づくりに生涯を捧げてきたからこそ、自分を偽れないのかもしれません。
職人の世界は膨大な時間をかけて身体に技をたたき込むもの。そうして身体化された記憶に基づく技の伝承は容易ではありません。こうした課題は、歌舞伎を支えるものづくりの世界ではあちこちに散見され、実効ある対策が待たれるところです。歌舞伎座の大道具でも場吊提灯の部材作りの一部を引き受けるなど、一歩踏み込んだ連携を模索しつつ、現場レベルでの解決策を探っています。
提灯ひとつにも、深い物語がしみ込んでいます。歌舞伎座の大道具はこうした道具を作る人に支えられながら仕事をしています。今度、歌舞伎座にお出かけになったら、まずは玄関で上野さんの手が触って生み出した提灯をたっぷり愛(め)でてみてはいかがでしょうか。(完)
イラスト作成:歌舞伎座舞台(株)デザイン課
歌舞伎座の大道具を支える職人 提灯 その1
http://kabukizabutai.co.jp/saisin/tokusyuu/203/
歌舞伎座の大道具を支える職人 提灯 その2
http://kabukizabutai.co.jp/saisin/tokusyuu/276/
*「歌舞伎座の大道具を支える職人」は今後、シリーズ展開してまいります。これから、さまざまな職人さんをご紹介する予定です。お楽しみに!